Archive for 7月, 2012

過剰な演出

パチンコの続き。前回、玉の流れこそがゲーム性の肝だ、過剰な演出はいらん、みたいなことを書いたけど、じゃあなぜ過剰な演出がゲーム性を殺すのかというと、一瞬の「熱さ」が感じられなくなるからに他ならない。エンタメである以上、この「一瞬の快楽」を上手くユーザーに伝えられないものは、はっきり言って存在価値がない。パチンコにおいて具体的には、たとえば保4時の無駄な演出。以前の台、すくなくとも演出のバランスが今よりはずっと良かった時代のもっとも熱い瞬間といえば、保4時になにか演出が起こったときだ。もう、それだけで一瞬、「おっ?」となれた。これは、よく回る台と回らない台の時間あたりの回転数をなるべく差がつかないようにするための工夫のようなもので、つまり、本来なら時間短縮のために演出がカットされやすい保4時で演出が起こる→そのゲームで大当たりを引いた可能性が極めて高くなる、という具合だ。だけれど、何度も言うが、今は演出が過剰になりすぎた。もう、保4だろうが保3だろうが、お構いなしに何でもこい状態。まあ、他にももっとあるけれど、言い出したらキリがないので、今日はこのへんで……。

パチンコのエンタメ性

昔はよくパチンコを打った。でも、もうかれこれ4年ほど打っていない。その理由というのが、僕がパチンコを好きな理由でもあるのだけれど、そもそもパチンコの最大の魅力は、あの鉄の玉が弾かれ、さまざまな反応を見せながらヘソ釘に向かっていく、という玉の動きそのものにあるのだ。つまり、僕のいう面白い台というのは、あくまで玉の動きをメインに考え、それをどう大当たりに結びつけるのか、ということを考えられた台のことだ。けれど、俗にいうマックス・スペックの台が増え、ギャンブル性が上がり、それにともなって、台に求められる要素が娯楽性から、賭博性に変わってしまった。液晶が肥大し、過剰な演出だけが増えてしまった。もうそこに、あの頃のアナログながら、どこか惹きつけられてしまう魅力はない。最近では、けれど、そういう魅力で一杯だった時代のような台が増えてきた、とも聞いた。シンプルなドットの動きで演出を表現している台もあるようだ。もしかすると、すこしは希望があるのかもしれない。しかし、やっぱりもう無理なんじゃないか、とも思う。先週の土曜日、懐かしい悪友と久しぶりに酒の席を囲み、パチンコの話題が出たので、すこし書いてみた。もうすこし、業界の動向を観察していきたいと思う。